ニャーヌッタラ大長老の説法

勲章授与の説法(前半)

2013(平成25)年5月26日
於 新宿801説法会

ニャーヌッタラ大長老

ニャーヌッタラ大長老

ブッダの教えが栄えるように行った徳、ブッダの教えによって幸福をもたらすために行った徳、ブッダの教えを守るために行った徳、大長老の徳、戒・定・慧の徳このような徳に満たされた尊敬すべき特別な大長老に、ミャンマー政府は昔から勲章を授与し、その大長老が亡くなるまで生きている限り四資具を布施して応援してきました。今年2013年1月4日(金)には、以上の徳に満たされたセヤードー・バッダンタ・ニャーヌッタラ大長老にミャンマー政府はアッガマハーサッダンマジョーティカダジャ“正法の光を世界に輝かせる最上の偉大な智慧者”勲章を授与して、セヤードー(ニャーヌッタラ大長老)が亡くなるまで生きている限り四資具を布施して応援します。
四資具とは①衣、②食事、③住む所、住居、④薬です。
セヤードー(ニャーヌッタラ大長老)がこの勲章を得る前から、バッダンタケサラ大長老とセヤードーに、お釈迦さまの教えが伝わるための活動をするためにミャンマーヤンゴンにあるマハーアウンミィェ僧院が建っている土地をミャンマー政府が布施しました。
お釈迦さまの教えに吉祥経があります。パーリではMaxgalasuttaといいます。日本語では、吉祥経といわれています。吉祥経の中で、お釈迦さまは説かれました。

Pūjāプジャー caチャ pūjaneyyānaṃプージャーネッヤーナン etaṃエータン maṅgalamuttamaṃマンガラムッタマン.

「尊敬すべき人々を供養することは最上の吉祥である」

国が、尊敬すべきお釈迦さまの弟子を認めて供養することはミャンマーという国の優れた特徴です。日本人である皆さんも、セヤードーに出会ったから尊敬すべきお釈迦さまの弟子、特別な大長老を供養して最上の吉祥を得ることができました。もう1つのお釈迦さまの教えがあります。
このMaxgalasuttaという吉祥経の中で

Gāravoガーラウォ caチャ nivātoニヴァート caチャ, santuṭṭhiサトゥッティ caチャ kataññutāカタンニュター;
Kālenaカーレーナー dhammassavanaṃダンマサワナン, etaṃエータン maṅgalamuttamaṃマンガラムッタマン.

「尊敬すべき人を尊敬すること。謙虚であること。満足すること。感謝すること。折にふれ法を聴くこと。これらは最上の吉祥である」

と、お釈迦さまは、このようなことはめでたいことであると説かれました。

お釈迦さまが説かれているように、皆さんの人生を考えてください。このようにお釈迦さまの教えを聴くことのできる人々は普通ではない。ここに集まった皆さんは尊敬すべき特別な大長老を尊敬し、謙虚です。満足しています。ブッダ・ダンマ・サンガの三宝の徳と恩、師の徳と恩に深く感謝しています。今この説法会でセヤードーからお釈迦さまの教えについて説法を聴いています。皆さんはお釈迦さまの説かれている最上の吉祥をたくさん得ていることを知って喜んでください。普通ではない。このようなことは、世界では簡単なことではありません。皆さんのカルマもあるし、過去世のカルマと今世のカルマもあるし、セヤードーのような長老に出会うカルマもあるし、色々な原因が揃っているから、このような特別な人間になりました。このことを分ってください。以上はお釈迦さまの教えです。

尊敬して供養すべきこと

尊敬して供養すべきことは5つあります。

お釈迦さま ブッダ

生命存在の真理を覚られ、大慈悲をもって人々を正しい道へ教え導いてくださったお釈迦さまです。お釈迦さまを尊敬して皆さんは供養しています。

お釈迦さまが説かれた法 ダンマ

お釈迦さまの正しい真理の教えを皆さんは尊敬して供養しています。

お釈迦さまの弟子 比丘サンガ

お釈迦さまの教えである戒・定・慧をその通りに実践し、教えがなくならないように守り伝えている比丘サンガ、比丘サンガを皆さんは尊敬して供養しています。尊敬すべきことがあるから尊敬しています。尊敬すべきことがあるから供養しています。

自分を生み育ててくれた徳と恩のある父母

親は自分の人生にとって命の恩人であり初めての先生です。親の徳と恩を皆さんは尊敬して供養しています。

自分を教える先生

徳と恩のある先生。自分の人生が善くなるように正しい道を導いてくださった先生。この 先生の徳と恩を念じて皆さんは供養しています、応援しています。輪廻の中を渡るとき正 しい先生が大事なことです。先生がなければ大変なことです。

以上の5つがあります。この5つについてもセヤードーは戒律の本『テーラワーダ仏教が伝える戒律』の中で最初に書きました。
この5つの尊敬して供養すべきこと以外にこの5つの中に入らないですけど「戒律・禅定・智慧が増大するように一生懸命実践している人」にも尊敬して供養すべきです。皆さんも時々瞑想会に参加するとき、戒・定・慧を実践しているから尊敬され、供養されています。パーリ言葉ではGuṇaグナ vuddhaヴッダといわれています。Guṇaとは徳という意味です。徳とは戒律・禅定・智慧の意味です。vuddhaとは増大するという意味です。組み合わせてGuṇa vuddha。戒律・禅定・智慧という徳が増大するように実践する人という意味です。
また、自分より年長の人にも尊敬して供養すべきです。パーリ言葉ではVayaワヤ vuddhaヴッダといわれています。Vayaとは年を取ったという意味です。Vuddhaは増大するという意味です。組み合わせてVaya vuddha年長の人に尊敬して供養するという意味です。

以上の尊敬して尊敬すべき事に供養するやり方は5つあります。

  1. 身体の行為で供養する。
  2. 口の行為で供養する。
  3. 心の行為で供養する。
  4. 財産で供養する。
  5. 法で供養する。

これら5つあります。
それでは1番目の身体の行為で供養することとはどういう意味でしょうか?
さきほど話したブッダ・ダンマ・サンガなどの尊敬して供養するべきことの徳と恩を念じて自分の身体の行為で合掌して礼拝しています。これは身体の行為で供養することです。ブッダ・ダンマ・サンガの三宝の徳と恩、自分の先生の徳と恩に、身体の行為で合掌して礼拝して供養しています。

2番目の口の行為で供養するはどういう意味でしょうか?
尊敬して供養すべきブッダ・ダンマ・サンガなどの三宝の徳と恩を念じて声を出して、言葉に表して、唱えることは口の行為で供養することです。だから皆さんは口の行為で声を出してブッダの9徳、ダンマの6徳、サンガの9徳を唱えています。自分の口の行為で理解して唱えています。時々三帰依を唱えています。これが2番目の口の行為で供養するということの意味です。

3番目の心の行為で供養することとはどういう意味でしょうか?
尊敬して供養すべきブッダ・ダンマ・サンガなどの三宝の徳と恩を皆さんは心の中で繰り返して繰り返して念じています。声を出さないで瞑想しています。ブッダ・ダンマ・サンガなどの三宝の徳と恩を皆さんは心の中で繰り返して繰り返して念じて喜びの心が生じます。喜びの心が生じるのは心の行為で供養するということです。時々仏随念ブッダーヌサティ、法随念ダンマーヌサティ、僧随念サンガーヌサティなどの瞑想を実践しています。ブッダの徳と恩、ダンマの徳と恩、サンガの徳と恩を、声に出さないで心の中で繰り返して念じたから喜びの心が生じています。喜びの心が生じるのは心の行為で供養する意味です。

自分の身体の行為、口の行為、心の行為が揃うとき、高い功徳が得られます。ある人は身体の行為だけ、口の行為、心の行為が揃わない。ある人は口の行為だけ。身体の行為、心の行為が揃わない。心の行為だけで供養する人もあります。お釈迦さまの教えを勉強している皆さんは、身体の行為、口の行為、心の行為で供養しているので、とても高い功徳が得られます。高い功徳が得られるためにも勉強してください。勉強しなければわからない。だから勉強するべきことです。説法を聴くべきことです。一回の説法の中でもわかったら、たくさん功徳を得ます。

4番目の財産で供養するとはどういう意味でしょうか?
財産で供養することとは、尊敬して供養すべきブッダ・ダンマ・サンガなどにお花や食べ物・飲み物のような自分の財産を布施すること、供養することです。このことをパーリ言葉ではĀmisapujāアーミサプージャーといわれています。財産で供養するといいます。Āmisaとは財産という意味です。Pujāとは供養という意味です。組み合わせてĀmisapujā財産で供養するという意味になります。
ある人は自分の財産に執着しています。供養しない。ある人はそうではない。自分の財産をちゃんと使っています。布施すべきときに布施して供養すべきときに供養しています。このことをĀmisapujā財産で供養するといいます。わかる人は財産で供養しています。わからない人は執着しています。

5番目は法で供養することです。
これは難しいです。法で供養することとはどういう意味でしょうか?供養すべきブッダ・ダンマ・サンガなどの教えられた法の通りに実践したら法で供養することになります。このことをわかるためにがんばってください。このことをパーリ言葉ではDhammapujāダンマプージャーといわれています。
Dhammaとはお釈迦さまが説かれた法です。Pujāとは供養すると言う意味です。組み合わせてDhammapujāお釈迦さまの説かれた法で供養するという意味です。ブッダ・ダンマ・サンガなどの教えられた法の通りに実践したら、法で供養することになります。
財産で供養する人は立派な人ですが、財産だけでは十分ではありません。戒律を守り、慈悲の瞑想、ヴィパッサナー瞑想など、お釈迦さまの教えを実践してください。セヤードーの教えるお釈迦さまの法の通りに実践したら、法で供養することになります。財産で供養することもあります。法を実践して法で供養することもあります。両方供養することができればとてもすばらしいです。

このように、尊敬するべき人を供養することは最上の吉祥であるとお釈迦さまは説かれました。

勲章授与の説法(後半)へ続く

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